映画の授業を準備していると、昨年協働した先生を思い出します。昨春結婚し、目下(あの?!)ギリシャ在の彼女。かの国の金融危機関連の話題に接するたびに、ううむと心配になります。しかし、対応の柔軟性、バイタリティのありそうな方でしたから、生きながらえていることは確かだと自分を納得させます。
その授業で例年使っていた「おくりびと」を今晩テレビで再視聴して、別の授業で扱うことにしました。ストーリーや心理描写を追う前者ではなく、語彙を含めて項目を取り上げる予定の後者の授業にふさわしいと考えたためです。いくつものポイントがあるので、問いかけの工夫によっては学生一人一人から、その生い立ちに基づいた貴重なメッセージが発信されるはずです。それを大切にしたいと思います。
ついでながら、昨夜は「死神の精度」をチェック。原作と合わせ、これはこれで、学生とともに考える際に使えそうな気がしました。
萩原朔太郎の終の棲家があったという、世田谷・代田に、私の父方の祖先が眠る墓地があります。そこで、墓参ついでにぶらっと回ってみました。鉄塔そばに建てたということだけで、それという表示があるわけではないのですが、おそらくこの辺かなとの「当たり」はつけました。「らしい」場所、を勝手に推測しただけのことです。ちなみに、その家は自分で設計したらしいです。
それとは別に、詩作のみならずそんなデザイン性がとてもモダンで、装丁にこだわっただけのことはあります。ちょっと思い出してみても、先日の図録(このデザインもなかなか上出来)をめくってみても、彼の詩集は中身だけではなくその外側も洗練されていることに気づきます。音楽方面の活躍を含め、多彩な方でした。もっと生きていたら、さぞかし魅惑的な作品を生んでいただろうにと惜しみます。ただ、詩作については亡くなる数年前に絶っていたようです。